数学の風景(未完)

高校 1 年で学んだ互除法には本当に心が満たされた. 特にそれを使ふと ax+by=1 が解けることに(これには 3 年のときに気づいたが, 母校の先生は誰もこれを知らなかつたのだつた).

数学の研究とは何かが溺ろげながらも理解できたのは 大学 3 年になつてから.

4 年の seminar で読んだ本の中にあつた Cassels-Matthews の公式に今も魅せられたままである.

その後,Abel 函数を学んだのだが, 具体的に書いた書物と出会へず, まともに使ひこなすまでに相当苦労した.

しかし H.F. Baker の本 Multiply periodic functions との出会ひは衝撃的であつた. これは David Grant さんの Crelle の論文で知った. これこそ探してゐた本だと思つたが, 何故この本を日本で誰も紹介してゐないのかと非常に不思議に感じた. これまで,この本の存在を知る数論の専門家はゐなかつたのかも知れない. 種数 2 の竹端(竹内端三『橢圓凾數論』)ともいふべき重要な書物である. しかも 100 年も前に書かれたものである.

そのあと H.F. Baker の他の著作を探しまくつた. しばらくして Charles R. Matthews さんに会ふ機会があった. 彼は Grant さんの最新の結果を紹介してくれた. 証明が書かれた論文を手に入れるまでは本当に待ち遠しかつた.

これを Cassels-Matthews に結び付けることを何年も考へたが, 遂ぞ成功しなかつた.とはいへ,関連した論文を2本仕上げた.

その後は Abel 函数を離れて保型表現(metaplectic representations)を勉強しやうと Jacquet-Langlands の Automorphic forms on GL(2) を Weil の Acta paper を経由して読み始めた. これは専門家の助言を得ながら読むべきものなのだらうか. 気軽に質問できる人はゐなかつたが,note をきちんと作りながら,始めから精密に読み進めた. 非可換類体論を打ち立てやうとする著者達の熱意とすごい迫力を感じつつ.

そのころ畏友 M 氏は超楕円函数の勉強を精力的に行なつてゐて, 小生は彼と電話で話す日々が多かつた. そんな中のある日,M 氏が小生を目覚めさせてくれたのか, Grant さんの論文のある等式を hint に(その頃,彼の論文の一字一句が頭に入つてゐた), Abel 函数に関するある美しい等式(行列式表示式)が成り立つことに気づいた. これは随分前から夢想してゐたものであった. この瞬間のことは今も覚えている. 不思議な瞬間であつた. これは今でもお気に入りの思い出深い公式である.

そのあと保型表現の勉強は打ち切りにして, Abel 函数論に復帰した.上の公式を通じて数理物理のいろいろな人とも知り会へた. ただ数論の人からはあまり反応がなかつた気がする. でも,I 先生は特殊函数についての公式は(応用がなくても)発表しておくこと自体に意義があるといつてくださつた.

これらの結果から,小生の頭は伝統といふ以上に権威であつた従来の Jacobi 流の Abel 函数論を離脱していつたのである, 函数 x(u) へと向つて(定義は筆者の論文をご参照いただきたい).

荒川・伊吹山・金子『ベルヌーイ数とゼータ関数』の出版も本当に timely だつた. 早稲田大で上記の公式を発表した日,H 先生が,「ついに出ました.」 といつてたのはこの本のことだつたのだと後から気づいた.

「フルヴィッツ数」の章を読んだ時に, これが x(u) の Laurent 係数についても成り立つたら素敵だなと思った. でも,この時期は先の公式を一般の超楕円函数に一般化するのに忙しかつたので, 手を付けられなかつた.

「公式」の論文が仕上がつてひと段落して,x(u) の Laurent 係数を reduce で計算してみた. あとからわかつたのだが最初は計算間違ひがあつて, 完全には期待通りでなかつたが,数日たつた未明に起きだして, 再計算してみたときに,programme の誤りを発見し,やり直して本当に驚いた. 完全に上手くいつてゐるのだ. あとで気付いたのだが,この日は Hurwitz の命日だつた.

結局,Matthews さんの公式だけに拘つて来たのであるが, 振り返つてみると,多くの人と(故人とも書物を通じて)絶妙の timing で出会へたことを 非常に不思議に思ふと同時に,心の底から感謝してゐる. こんなに美しい結果を得られたことは,本当に有難いことである.


2005 June, Y.Ônishi